国際平和及び安全を維持するための活動です

基本的人権と人間の尊厳及び価値を確認します。

なぜ国連P.R.I.D.E日本がスリランカを支援するのか

『憎しみは憎しみによって消え去るものではない、慈愛によってのみ消え去るものである。』


1951年サンフランシスコ講和会議において、セイロン(現スリランカ)代表として参加していた J.R.ジャヤワルダナ氏の演説により、日本は、戦勝国である連合軍から出されていた日本分割統治、主権の制限、 過酷な賠償請求などの厳しい制裁措置から免れました。上に掲げた仏陀のメッセージを引用して、完全な自由と独立した 日本の復活を訴え、『セイロンは、日本に対する一切の賠償を放棄する。』と宣言。 この演説により、会議の流れは“寛大な調和”に大きく変わりました。 ジャヤワルダナ氏は終生日本を愛し続け、昭和天皇の大喪の礼には国賓として真っ先に参列しました。 1988年、死去に際して『右目はスリランカに、左目は日本に』と遺言を残して網膜を提供しました。
 ジュニアス・リチャード・ジャヤワルダナ元スリランカ大統領とスリランカから受けた恩義に少しでも報いたいと願うものであります。

スリランカに職業専門学校を

◆ スリランカ支援計画  
1.自給、自立の為の職業専門学校の開校を目指す
2.日本の技術や教育を基に農業、畜産、漁業、自然環境保全の礎を築く
3.専門学校を作ることにより、専門的な教育、技術修得が可能となる
4.雇用、産業等の発展につくす
5.産物で輸出による外貨獲得を可能にする

専門学校の施設、設備、教材、教職員の確保に向け、募金活動を進めます



自立できる職業専門学校

スリランカ国の詳細

正 式 国 名 スリランカ民主社会主義共和国 略称:スリランカ(旧セイロン)
首     都 スリ・ジャヤワルダナプラコッテ (商業上はコロンボ)
面 積・人 口 面積:65,607㎢ (北海道の80%)  人口:2180万人
植民地・内 戦 植民地:1505年~1948年 442年間    内戦:1983年~2009年 26年間
近   況 8ヶ所の世界遺産と豊かな資源がありますが26年間の内戦の傷跡は未だなお深く残されています
各国からの資金援助やインフラ整備がおこなわれていますがまだまだ様々な課題があります